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【第2話】初めて海外に出たのはいつだったかなー

ぱてんとです。

私が初めて海外に行ったのは、そう。

16歳の夏。

最近の若者から比べたら、結構遅い海外デビューだったな。

初めて行ったのはね。そう。

憧れのアメリカ。

私は高校1年生になったばかりで、

そうそう。思い出す!

住んでいる市の「交換留学」で、

短期2週間だったな。

アメリカ合衆国ミシガン州のバトルクリーク市!!

当時私が住んでいた群馬県高崎市との

姉妹都市

だったのね。

初めて海外に興味を持ったのは、中学一年生の時。

そうだな、あれは、たしか、

部活で吹奏楽部に所属していて、

そうそう、結構キツかったのよね。部活動が。

先輩・後輩の上下関係がごっつう厳しくて。

そんな中、1人、とっても優しい三年生の先輩がいたのさ!

頭も良くて、かもし出す雰囲気がちょっと独特で、しかも

吹奏楽部の部長さん

だったのね。

その先輩が、受験シーズン始まりの頃に、

イギリスに高校留学する

ということがわかったの。

青天の霹靂だったな~。

留学!?

イギリス!?

当時の私は文学少女で、学校と部活と家の往復で(あと漫画なんか書いていたりしてね)、

自分の世界はその3か所だけ、という状態。

地元の高校に進学して、将来は漫画家にでもなりたいな~と、漠然と考えていた私にとって、

初めて身近な人が海外に行く、というのは、はっきり言って

衝撃

だった。

そう。衝撃だったのと同時に、私の中で、

海外への興味

が、日増しに増大していったのね。

今から考えると、もともと「海外と相性」が合っていたのだと思う。

それが、その先輩が「イギリスに高校留学する」という現実が、

私の中の「海外魂」を呼び覚ましてしまったのかもしれないわ。

その日から、休みの日には市内の一番大きな書店に通って、

(高崎駅前にあった「新星堂書店」さん。まだあるのかな~)

片っ端から「高校留学」に関する雑誌や書籍やらを買いまくって読み漁ったものよ。

そうすると、イギリスやカナダの素敵な写真や、

アメリカの素敵な高校の校舎や留学生活に関する記事が沢山載っていて、

もう気分は既に留学した気分!!!!(笑)

中学一年は、ずーっとそんな感じで、ひらすら「海外高校留学」のことを考えていたのよね。

そして、中学二年に進学したころだったか、

中学三年に進級してすぐだったか、

私は、両親に思い切って打ち明けたのよね。

高校ではイギリスに留学したい

と。。。。

もう、興奮と、憧れと、(両親に反対されたらどうしよう。。。(汗))という緊張と怖れでガチガチになりながら。

結果は。。。

そりゃダメだよね。。。。。。(ガッカリ・泣)

うちの家族や親戚や、ご近所さんも含めて、うちの家族と縁のある人の中で「海外留学経験」がある人は

皆無。

中学生の私にはまだまだ理解できていなかったであろう「留学費用の問題」もそうだったし、

なにより、

私の両親自体が、「留学」に対して、全く「価値」を見出していなかった。

父は「ちゃんと日本の高校に行って、日本の大学に進学しなさい」

といっていた。

当時、私はそこそこ成績が良く、

学級委員やいろいろな役職を学校で担っていたりして、内申点もよく、

県内のトップ進学校をなんとか狙える位置にいた。

おそらく両親は、ならば自宅からもそこそこ近い、県立の進学校に進学してほしかったんじゃないかな。今から思えば。

当時は、もう中学一年から「海外留学」に憧れまくってしまい、海外志向がかなり目覚めてしまった私にとって、

特に目的も無く、成績が到達している、というだけで、県内の公立の進学校に行く理由が全く見つからなかった。

最終的に、中学を卒業後は、その県内でも有数の進学校(それも「女子高」)に進学したけれど、まあ、この学校が、私には

合わない、合わない(悲鳴!!!!!)

人生最初の「重要な進路選択ミス」を犯した私は、その後、高校三年間にわたって、

底辺を彷徨い歩くような超絶落ちこぼれに成り下がる

のですが、

そこから十数年にもわたって這い上がっていくことになるとは、

当時、夢にも思っていなかったなー。

それも「オチ」があってね。

この高校を卒業して、なんとか私立の大学に合格して通い始めてから、この大っ嫌いだった高校を、勇気を持って訪れてみたのね。

「暗黒の過去」を清算しようと思って(苦笑)。

そしたらね。この大っ嫌いだった高校に「訪問」した時に、更なる衝撃が待ち受けていたのよ。

不良ちゃんにならなかっただけで、短期間でも登校拒否になったり、先生たちにかったぱしから「反抗」したりと、大変だったこの私だけど、当時、「超絶大っ嫌いだった高校三年の担任」の先生から、その「衝撃の事実」を聞いたのよ。

(先生)「●●、君は、この高校の入学試験の時に、一体「何番」で合格したか、知っているか?」

(私)「え!?そんなの知るわけないですけど。。。。(困惑)」

(先生)「君ね、合格者420人中、一位で合格してたんだよ。」

(私)「。。。。は!?」「なんでそうだとわかるんですか???」

(先生)「五教科500点満点中、500満点で合格してたからさ。」

(私)「!!。。。。。。。。。。。。。。(言葉が出ない)」

衝撃だったけど、その後すぐに

どうしようもない虚しさ

が込み上げてきたのよね。

その、大っ嫌いだった高校三年時の担任の先生は、

「だから、我々は君にもの凄く「期待」していたんだよ。当たり前だよね」

と続けた。

そんなこと、なんで今更、卒業して大分たってから私に言うのか。

そんなこと、もっともっとずっと早くに、私がまだ「暗黒の過去」にハマる前に、教えてくれてりゃよかったじゃん。

そしたら、もっと、全然違う高校生活をおくれていたかもしれないじゃん。

「超絶合わない学校」で、なんとか自信を失わずに頑張れてたかもしれないじゃん。

だってあの時、誰も私の悩みや戸惑いに寄り添ってくれなかったもの。。。。。。

なーんて、考えちゃってね。

もう過ぎたことだけど。

(*因みに、この進学校の高校の一年目に、私はさっきの

「高崎市交換留学生」に選抜されて、ここで初めての

海外

に触れることができた。

これだけは、高校生活の中で最高の思い出だったけど、

この時の引率の先生が、その

高校三年生になって大っ嫌いになった「担任の先生」だったのよね。。。(苦笑)

なんか、前置きが随分長くなってしまったけれど、

そういう経緯があったものの、

その時、私は市の交換留学のチャンスを得て、

アメリカへと、人生初めての海外に出発したのよね。

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